No.8-2

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四半世紀ぶりの模型作り!
 前回のこの記事のあと知り合いからメールが来た。その方も近年戦時中の飛行機趣味ににまた火がついてしまったというのだ。そして家族からは「軍国主義」と言われてしまうと嘆いていた。

 今回、子供の頃に集めていた模型や飛行機の雑誌を引っ張り出して見た。するとその当時から本を作っている大人たちも今の大人達も同じ悩みなのだ。いや、昔の子供が今の大人になっているわけで、今の子供はあまり飛行機の模型など作らないらしい。つまり、一部の大人以上の趣味なのかもしれない。見方を変えたら、「盆栽」と近いかもしれない。それなら、大人の趣味としてかえって威厳のあるものになるかもしれない。

 「盆栽」とはお盆の上に栽培するということなら、さしずめ「盆作」、いや「盆模型」どれも威厳がないな。こう考えてみたら、歳をとって始める工作が「陶器」ならば「陶芸の趣味」となったり、「骨董品趣味」と呼ばれたり恥ずかしくないのに、なぜかプラモデルと呼ぶと子供のように見える。しかし、それは素材であって、組み立て色を塗り仕上げていくのであり、絵画の趣味と同じである。

 昔は飛行機の模型と言えば木材を削って作った一品づくりの「スクラッチビルド」と言う方法だった。これは彫刻みたいなもので、恥ずかしい趣味でもなかったし、すごい腕が必要だった。また、船や建物などみんな木工で模型工作をしていたわけだ。この「模型工作」という言葉には技術的深みがあり「プラモデル作り」というより大人の趣味に聞こえる。「帆船作り」が趣味です。と言うのも大人の余裕を感じる言葉である。また、鉄道関係は「鉄道模型」「鉄道マニア」と、どれも認知されている。ああ、私の模型趣味は一種類だけでないのである。それを考えるとプロフィールに書くとしたら、やはり「模型趣味」あたりにしておく方が、集めたり作ったりを含めて骨董趣味に近いかもしれない。まあ、ブリキのおもちゃを集めていても立派な人はいるのだし・・・。

 さて「飛行機」の話題だが、私が覚えている最初に作った飛行機は今にしてはなぜだろうと思うのだが「隼」なのだ。加藤隼戦闘隊とかの名前は知っているが中国戦線の話題は関心もなくなぜあの機種を選んだのかわからない。ただ、銀色に緑の縞模様を適当に書いたら、友達にほめられて、それから模型の飛行機にはまったしまったのである。あのときに褒められることがなければさほどはまらなかったかもしれないのだ。


(上記の模型は私の作ったものではありません。参考写真です。)
 そのころは自分の好きな飛行機と言われても価値観がよくわからなかった。その後、勉強していくうちに好きなデザインと言う物が芽生えてきて、日本機では最終的に「疾風」というのが気に入っていたようだ。当初は零戦と思っていて、高校生の頃にはレタリングの授業の題材に「零式艦上戦闘機」などを選んでいたくらいだ。その高校にちょうど「模型飛行機同好会」というのができた時で早速入会したのだが、その直後に映画トラ・トラ・トラが封切られて文化祭の時にそのジオラマをみんなで作ったのを思いだす。その頃というのは本当の太平洋戦争からまだ25年ほどしか経っていなかったわけだが、アメリカはベトナム戦争の真っ最中であった。だから、この文化祭の時にデザイン授業の展示室には「反戦ポスター」を展示していた。

 このようなことからも、私は戦争と趣味とアートと主義はバラバラなのであるが、たとえば「刀剣」を趣味にしている人が人殺しなワケではないように一つの物の機能美などをみる美術骨董趣味と同じようなものと思いたい。

 そこで、今、武器・兵器としてではなく「美術骨董品」的に飛行機を「なんでも鑑定」してみたらおもしろいと思っているのだ。第2次世界大戦の5年間の間に航空機はものすごい勢いで進歩した。第一次大戦の時は複葉機の時代でのんびりした物だった。その最中には敵の様子を探るための偵察が目的だったり、上空から煉瓦をおとしたという。その後、空中でお互いにピストルで撃ち合ったりしたらいいのだが、その次の大戦ではすっかり、飛行機が主流になってしまったわけだ。この第二次大戦の最後にドイツが投入したジェットエンジン機であったが、その関係者はソ連とアメリカにそれぞれ離れて、ソ連のミグとアメリカのセイバージェット戦闘機を作り、それを朝鮮戦争で使い、その後のベトナム戦争ではヘリコプターが主体になった。

 先日、ひょんなことで買った日本軍の「晴嵐」という水上攻撃機を買ったのだが、これは日本軍が潜水艦に載せて目的地まで行き、そこでこの飛行機によって攻撃を仕掛けるという現代の戦略ミサイル潜水艦にもつながるものなのである。この飛行機も下記のような秘話があり、武器にならなかった飛行機である。

昭和20(1945)年8月初め、特型潜水艦「伊400」「伊401」の2隻は、敵機同部隊の本拠地ウルシー攻撃の機密命令を受け裏日本から密かに出撃し、14日には予定地点に到達し攻撃のチャンスをうかがっていた。しかし、そこに飛び込んできたのは「戦争終了す、直ちに内地に帰還せよ」との電信だった。

(上記の模型は私の作ったものではありません。参考写真です。)

 前回の「震電」と、この「晴嵐」はとりあえず罪を犯していない飛行機なのである。これを平和的に作ってみようというのが私の四半世紀ぶりの模型工作なのだ。

飛行機の話題・・・つづく
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