fukuda's 増刊号
 
 
 
1998.9.10
 

第1回 9月10日です。
さて、行き先はイタリアでした。

 朝5時起きで羽田から関空経由アリタリア航空で一路ミラノへ向かいます。今回の旅の目的は私のルーツ探しの旅です。今から10年ほど前に以前から好きだったレオナルド・ダ・ヴィンチにこれが私の心のルーツだと思い始め、ひたすら憧れ、本を買い集め、研究をしました。そしていつかその聖地ヴィンチ村を訪ねることが目標になっていました。
 しかし、イタリアへ行ったと言う人がいてもヴィンチ村に行ったと言う人は一人もいません。そりゃそうです。普通の田舎の村ですから、日本で言えば瀬谷みたいなもんです。(これは私の住んでる町の名前)見る物があるワケでもありません。まあ、ダ・ヴィンチの生家があるらしいのですが、ダ・ヴィンチ研究者やマニアでも無いと知りませんよね。実は私もどこにあるかも知らないんです。さて、下の地図を見ても何がどこやらさっぱり。そんな私の旅日記です。

あわただしく機上の人になりました。

 羽田から関西空港を経由してのミラノ直行便のため、横浜を午前5時半に出発する強行軍であった。それも前日午後11時半まで東京で仕事の身である。準備も何もない。とにかく起きっぱなしで機上の人となりワインを4本ほど飲みながら睡眠をとる。
気づいた頃にはすでにアルプスの上。

 飛行機は揺れもなくあっという間の睡眠時間が終わり、マルペンサ空港に到着。到着まじかに上空から見た街の住宅の屋根がきれいに同じ色をしていて、さすがに美観に気を使っているのが感じられる。
 日本からの到着便はこの空港なのだが、なんともローカルな感じ。強いて言えば北海道の釧路空港みたいな感じかな。まあ、それものんびりしていいんだけどね。ここはラテンなイタリアだし。そこでおもしろいもん見つけました。

 空港の順路の案内板でほとんどの人は気づかないみたいですけど、日本語の表示がありまして、不思議な文字があって、さすがデザインの国とうならせてしまいます。特に「お」なんて2個所に出てくるのに形が違うし、「い」の下の処理などアラビア語を彷彿させます。もしかしたら日本からFaxしてもらった原稿をトレスしたのかも知れませんけどね。
着いたら、こちらは夕方の5時半で迎えに来てもらった友人夫婦(後に紹介予定)とともに一路晩飯を食うためにコモ湖畔のレストランへ向かう。

平均時速130kmの混雑走行。

 途中の高速道路(アウトストラーダと言う)は平均時速130kmで数珠つなぎ走行。こちらでは追い越し車線にノロイ車輌は走らないので130kmでも走れる。
このあたりはミラノ郊外で古い建物があるわけでもなく、周辺の風景は日本とかわりない感じ。また、ゆったりアメリカに比べて車の乗りかたは狭い国日本と同じですね。
 まあ、ともあれコモ湖畔のレストランで3時間ほどかけて夕飯をゲップも出ないほどパンパンのお腹をこなすため散策。イタリアの街の中心にはどこにも「ドゥオモ」と言われ得る教会があるとは聞いていた。もちろんここコモにもあった。
話には聞いていたが想像していた大きさの4倍位はある大きな建物だった。

 写真の右側の方に見える垂直の壁面部分この大きさはビルの12階建て位あり、これは威圧感があり、影響力を感じさせます。
 また、石の表面はきれいに掃除されていて数百年もたっているものみは見えない。街を歩いてみてこの観光の町の街並みの中にあるモード(ファッション)の店なんて店舗デザインをしなくてもいいくらい、うまく調和していいです。それに比べ日本の観光地のエゲツなさや店舗のヒンシュクなのにがっかりしますね。まあ、今日は着いたばかり、まだまだ感動することがいっぱいあるでしょう。
 さて、次回は宿泊地モンツァの報告です。モンツァと言えば13日の日曜日にはF1のイタリアGPのある街です。私もチケットが取れましたので楽しみです。
 それもシューマッハがチャンピオン争いをし、フェラーリの記念すべき優勝になるかも知れないなど明日からこの街は大騒ぎになるらしいです。 それでは、次回にまで。


第2話へ続く

(工事中の場合は、もう少しおまちください)

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